大東亜会議を企画し、世界を独立に向けた日本。その日本の舵取りは、間違いなく東條英機が行いました。
天皇第一の臣下を自負し、責任を取ってA級戦犯として裁かれました。
しかし、意図的に隠された事実が多々あります。東條英機の孫、東條由布子はそれをすべて明らかにします!
東條由布子トップページ | 東條英機の孫である東條由布子が考える東京裁判について
まず、いわゆるA・B・C級戦犯と呼ばれるものは、俗に言う東京裁判で決められました。
ということは、この東京裁判について知らなければ、AもBもCも、そもそも戦犯という言葉の意味からして違ってきてしまいます。どこかで誤解されている方もいらっしゃるでしょうから、未来に向けたメッセージとして、ここでまずは東京裁判について語りたいと思います。
東京裁判は、実は戦争中に行われました。皆さんご存知ですか?講和条約を結んでいない以上、戦争状態が続いています。当時の日本が受諾したのはポツダム宣言です。ポツダム宣言を受諾、ということですが、これは休戦協定というべきものです。ポツダム宣言に述べられている条件を守ってくれるなら、日本もとりあえず武装解除しますよ。というものです。当然ですが、条約として、国際的に効力のあるものですが、ポツダム宣言に書かれた、いわゆる連合国側自らが謳った条件をやぶり、違法・脱法・無法的に行われた裁判でした。
ちなみに、私の祖父である東條英機は、今上天皇ご生誕日である12月23日に処刑されています。これは、連合国側の嫌がらせであることは言うまでもありません。祖父は、陛下の忠臣であることを至上としておりました。また、陛下も、祖父に対しては大きな信頼を寄せていただいておりました。こういうことを知っていた上での嫌がらせです。