大東亜会議を企画し、世界を独立に向けた日本。その日本の舵取りは、間違いなく東條英機が行いました。
天皇第一の臣下を自負し、責任を取ってA級戦犯として裁かれました。
しかし、意図的に隠された事実が多々あります。東條英機の孫、東條由布子はそれをすべて明らかにします!
私が御招待を頂きましたのは、インド独立の英雄である『ネタジ・チャンドラ・ボース』の義理の姪御さまの『クリシュナ・ボース』さんです。ご主人はチャンドラ・ボースの兄上の御子息でネタジの甥御さんです。
この際のの概略をお知らせいたします。
私は大東亜戦争開戦当時の日本の首相だった東條英機の孫の東條由布子でございます。この度、クリシュナ・ボース館長初めネタルジ・ボボンさま、また多くのインドの皆々さまにお会いし、お話する機会を頂きました事をこの上ない光栄に思っております。心から感謝申し上げます。60年前のアジアの情勢に思いを致しますとき、多くのアジア諸国は、数世紀に及ぶ西欧諸国による植民地政策に坤吟しておりました。